映画『ミスター・ガラス』は中二病讃歌だった!?

映画『ミスター・ガラス』の総評

マーベルDCコミックというアメコミ界のコカとペプシのような2大巨塔のような派手さとは真逆で、映画『ミスター・ガラス』は普通の人間が突然得てしまった能力に驚き、その力をどのように使っていくのか悩む姿が面白い映画ですね。前の2作『アンブレイカブル』と『スプリット』を観ていないと置いてけぼりを喰らうので注意が必要ですが。

内容はこれまで『アンブレイカブル』と『スプリット』で見せられてきた超人的な現象を科学的な見地から否定され、精神病院に入れられるというもの。まあ、そこで精神科医から妄想をこじらせた病気だと否定・治療されるわけですね。そしてその背後でミスター・ガラスがある計画を進めて行く……。

映画『ミスター・グラス』には大きな組織や権力が一般市民を自分たちの原理で抑圧姿が見られます。スーパーヒーローとしての力を持っているデヴィッドたちを誇大妄想だと治療しようとするところですね。

自分たちが本当に精神的な病気を持っていると信じ始めるのは恐ろしくも面白い構図です。まあアイデアとして真新しいわけではなく、使い古された構図ではありますが。しかしこれまでの2作のことを否定するような衝撃的な内容ですしね。このあとどうなって行くんだろうかと展開が楽しみな作品でもあります。

2大巨塔であるマーベルDCコミック映画はCGをふんだんに駆使したハリウッド超大作的映画です。対して『ミスター・ガラス』はインデペンデト映画的と形容できます。どちらが勝っているかとなく、どちらも違った楽しみ方があるので、こういったスーパーヒーロー物というのも新鮮で面白いですね。

どのような違いがあるのかというと、現在のハリウッド超大作的な映画観客を楽しませることだけに特化しているということです。物語というよりは見せ場を作るプロット重視で、とにかくテンプレ的にお決まりのパターンにはめて確実に観客を面白いと思わせに来ます。

対するインデペンデント映画的といえば、観客に考えさせるための映画ですね。物語に重きを置いており、物語の中には意味があり、それを観客が咀嚼して思い思いの意味を見いだしていくわけですね。なので作品によって好き嫌いが別れやすいタイプの映画かなと思います。自分たちで咀嚼していくプロセスが面白い。それが『ミスター・ガラス』という映画です。

映画『ミスター・ガラス』は中二病讃歌の映画だ!

というわけで自分が『ミスター・ガラス』を咀嚼して得た意味はこの映画が中二病讃歌ではないかということです。スーパーヒーローとしての否定を受け、それについて葛藤する様子が力なき者と力ある者とのあいだで揺れ動いていて、なんとも現実味のある映画になっている。

そしてこの映画『ミスター・ガラス』にはデヴィッドやミスター・ガラス、そしてケビン・ウェンデル・クラム たちのように君たちにも力があるんだよということを訴えかけている。背中を押しているんですね。まるで語りかけてくるような映画でした。

映画『ミスター・ガラス』は頑張る人への応援映画でもある

中二病という言葉を使うとかなり抵抗があるという人もいるのではないでしょうか。まあ、中二病といえば暗黒の力だとか聖なる力だとか現実ではありえない力に憧れているわけですから。しかしこの力という言葉をもう少し現実的方向に向ければ、現実的に受け入れられるのではないでしょうか。

アスリートにはそれぞれの分野で身体的能力が高いですし、キャリアウーマンは女性ながらに管理職で能力を遺憾なく発揮しています。文才芸術的センスなどの能力を持った人がいます。

サラリーマンなどには万年平社員という言葉があり、自分の居場所がなかったり自分がどんな能力を持っているのかわからない人もいます。しかしそんな人たちにも何かしらの能力が秘められていると映画『ミスター・ガラス』は語りかけてきます。

ジェームズ・マカヴォイの演技が凄い!

前作『スプリット』で多重人格という役どころに加えてそのどの人格も異常であるという難しさがあります。そのどれも特徴的すぎる異常さを ジェームズ・マカヴォイは見事に演じ分けてきました。それだけでも大変で、マカヴォイ自身も相当悩んでいた様子でしたね。

それが今作の『ミスター・ガラス』ではさらに難しいことに挑戦しています。ひとつのシーン内で何度も人格がころころ変わり、まったく違った異常さを連続で作り替えなければならなかったのです。この ジェームズ・マカヴォイのひとり演技ショーは本当に圧巻でした。

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